雪国黄精の
平成28年 中国上海、河南 5泊6日の旅


 平成28年9月20日

 6年振りとなる久々の中国への旅行です。今回は観光ではなく、妻の病気に少しでも効果の高い療術を受けさせるため、河南省にある中医(漢方の)医院に入院させることが目的です。
 入院中の生活用品を全てまとめた結果、バッグ大小7包、計75kgの荷物のうち私が65kgを運搬するという役での同伴です。
 自宅を朝6時に出発し、長野から特急しなのに乗車し、名古屋に到着する1分前、航空券を予約した旅行会社から携帯に着信がありました。これでもう早々と旅行計画は頓挫したと覚悟して電話を取りました。そう。9月20日に上陸した大型台風の接近により、中部国際空港発の便が欠航したという通告でした。
 すぐに旅行会社に当日か翌日の別の便を探してもらうようお願いしましたが、なかなか電話が帰ってきません。その間、最悪は今晩帰宅することも選択肢に入れ、名古屋周辺で宿を確保すべく様々な方法を試みましたが、この台風により同じ窮地に追い込まれた旅客がどっさり居る上に、外国人観光客の増加で慢性的なホテル不足になっている名古屋市周辺で空き宿を探すことは不可能でした。そこで豊橋市に住んでいる親戚に連絡を取り、豊橋駅周辺の空き宿を手配させました。
 これにより運良く、豊橋駅から徒歩2分の所にある「東横イン豊橋駅東口店」のツインルームを確保できました。
 到着した豊橋駅は台風による風雨のピークにあり、強風で傘が使えず、ずぶ濡れでホテルに到着しました。(画像は、翌日の名鉄金山駅。)
 ホテルのロビーではテレビで気象、災害情報を流しっぱなしにしており、名古屋から中部国際空港までの鉄道路線は運休、豊橋までの鉄道路線も50%の間引き運転開始という事を知りました。早い時間に豊橋に逃げてきた事は正解でした。
 旅行会社からの連絡は名古屋から豊橋までの移動中にあり、翌日の同便を追加予約金無しで確保できました。これによりホテルのフロントでe-チケットをFAXで受信してもらうことができ、翌日の搭乗準備は整いました。
 東横インの客室は設備の充実度と広さ、静寂度、そして2名で8,800円という価格に大変満足できました(メンバーズカード会員にも加入しました。この度は大変お世話になりました。)。



 平成28年9月21日

 この日は風雨も収束し、私達は中部国際空港から無事に上海浦東国際空港に夕方5時頃到着することができました。

 上海から次の目的地の郑州までは、国内線の旅客機で移動することになっていたのですが、妻の病状の関係で、2~3日に一度は病院で療術を受けなければならず、前日の欠航騒ぎで移動時間が1日延びたことから、翌日の療術は目的地に着いてからでは時間的に不可能であり、設備の良い上海市内の医院で療術を受けなければ身体的な危機的状況に陥ると判断した私は、郑州への移動を翌日に回すことにして妻を了承させました。
 空港で腹が減ったのでアイスクリームを買ったら、日本で80円程度の少量の商品でありながら6元(約92円)も取られました。中国ではここ数年、物価の上昇が激しいとは聞いておりましたが、日本よりも高い物価に、いきなり驚いてしまいました。物価についての話は、後述します。

 この日の宿泊先は未定でしたが、上海空港の出口にはホテルの客引きがおり、空港近くの安宿を手配してこの日は、ここに一泊することになりました。




  平成28年9月22日


 医院に指示された来院時間は13時でした。このホテルからは地下鉄で2時間掛かる遠方なので、市内観光を楽しむ時間はほとんどありませんでした。大量の荷物は、ホテルに頼んで19時までに浦東空港に運んでもらいました。

 画像は到着した医院の周辺の風景です。街路樹がとても美しいです。大型総合医院に面した通りとあって、来院する患者も心が和むことでしょう。
 4時間掛かる妻の診断と受療の間、私は医院周辺の散策をして、軽い食事を摂りました。
 食事とは、ピザのMサイズとコーラでした。味と品質からして日本ならば900円程度のメニューですが、86元(1,300円)もしました。私の財布に、ジワジワとダメージが蓄積されて来るのを感じました。
 次に、近くのスーパーで夜に飲むビールを買うことにしました。中国では酒税も消費税も掛からないので、私は中国へ来た時は水代わりにビールを飲むことにしているためです。ここでは味に期待してドイツ製のEichbaumとデンマーク製のBanks黒(飲んでから分かったが、どちらも安物。)、500ml缶を2本買ったのですが、34元(520円)と、これも日本並みの価格でした。中国では人民元の対ドル価値が下落したため、海外製品を輸入した場合、とても高くついてしまう様なのです。
 ピザ屋さんもスーパーも、一つの巨大な建物の中にあり、この建物のB1階から4階までの各階40店位がほとんど全て飲食店になっているのですが、16:00という時間のためか、どの店舗も客の数が店員より少なく、ガランとしていました。客のいない店も40%程度あり、3~4階では閉店した店が半分程度ありました。これは明らかに、建物の設計時の予想来客数に実際の客数が余りにも足りていないのです。既に物価の上昇が人々の購買意欲を下げているのではないでしょうか。



 19時頃、妻の療術が終了したので急いで上海浦東国際空港に戻るため、タクシーを使いました。空港で、ホテルから運ばれた荷物を受け取り搭乗手続と安全検査を通過すると、もう時間は出発ギリギリになり、あと数分でゲート閉鎖という危機でした。タクシーが途中渋滞に遭遇していたら、搭乗できなかったでしょう。

 郑州行きの国内線は約30分遅れで到着し、ここから目的地の舞陽県へ、妻が予約した長距離タクシーで2時間、高速道路を突っ走り深夜3時過ぎにホテルに到着しました。

←画像は郑州の空港です。夜0:30というこの日の最終便で、通路には旅客の姿は見えません。


 
  平成28年9月23日


 当初の計画では、ここに到着する予定時間は21日の朝でしたが、2日も遅れてしまいました。
 妻も、ここまでの心労と疲れで睡眠不足になっていましたが、7時に起床してこの日の行動を開始しました。
 ホテルから最終目的地の医院までは歩いて行ける距離でした。この医院で診察と入院手続きをして、私は翌日に帰国するという行動予定です。
 日中は、医院の関係者の自宅に招かれ、昼食をいただき、2時間半の昼寝をさせてもらいました。午後から簡単な市内の観光をして、夜にホテルに帰りました。

 舞陽県は郑州南部にある、田舎の都市です。大した観光名所はありません。電動三輪車や電動バイクの普及率が高く、街の到る処でこれらの庶民的なクルマが見られます。

 電動三輪車は、日本でも便利に使えて価格も安いので、欲しい人が結構いるはずだと思いますが代理店や販売ルートがありません。電動バイクも含めてこういった物を輸入してしまうと、日本国内のバイク、自動車メーカーの売り上げが落ちてしまうことから、恐らくはメーカーが手を組んでこれらの輸入を阻止しているのだと思います。 


 私は明日の朝上海に帰る予定なので、土産を買うのはここでしかできません。上海よりもこちらの方が少しは物価が安いからです。田舎の小都市といえども、ちゃんとしたショッピングセンターや大型スーパーもあり、日本人による中国での「逆爆買い」をさせてもらいました。来る時に使ったスーツケースと46L入る登山用ザックは、中身の生活用品を妻に渡したためほぼ空になり、これを満杯にする程度の、大量の食品類を買って帰りました。
 私は約7年前、中国から米10kgを買って帰国したことがあります。この時の米の価格は1kg1.0元(当時約14円。10kgで140円しかしなかった!)と、とても安かったのを覚えています。これで知人には、「アメリカは米国と書くが、アメリカへ行って米を買ってきたらバカだと言われるに違いないが、中国へ行って安い米を買って来ないのはバカだ」と旅行の土産話をしたことがあります。しかし今回は米の価格が3倍の2.98元(約46円)と、3倍に値上がりしているではありませんか。これではわざわざ持ち帰る意味は無いと判断して、今回米を買うのはやめました。


 
  平成28年9月24日


 舞陽県から郑州空港までは、来た道と同じルート、同じ会社の長距離タクシーで移動しました。妻も空港まで見送りに来て、帰りは漯河まで高速鉄道に乗り、タクシーで舞陽県に帰るという予定です。
 途中の風景は、右も左も地の果てまで続くトウモロコシ畑でした。それほど乾燥した気候ではない河南省は、トウモロコシの重要な産地です。
 途中、郑州69km、北京735kmという標識がありました。日本では、ちょっと想像の着かない距離です。

 9時に空港に着き、ここからは妻と別れて(ありがと~ぅ 元気でね~!!)単独行動になります。
 郑州から上海への便は定刻の運行で、上海に14時頃到着しました。
 郑州←→上海の国内線は、行きも帰りも搭乗率が100%でした。需要の高い路線なのだと分かりました。



 
 上海浦東国際空港からは、妻が予約してくれた駅から15分のビジネスホテルに移動してチェックインし、荷物を置いてすぐに市内観光に出掛けました。時間は15時を過ぎており、市内の滞在時間はそう多く残っていません。近くでタクシーを拾い、福州路の「上海書城」まで直行しました。

 上海書城では、中国語学習用の書籍と電子回路設計関連の学術書を買いたかったのです。
 始めに4階の外国語書籍のコーナーで閩南語の学習書と辞書を探したのですが、方言関連の陳列スペースはとても小さく、広東語はありましたが閩南語についての書籍は一冊もありませんでした。しかし、外国人が中国語(普通話)を学ぶための書籍の在庫は充実しており、有用な学習書を買うことができました。
 次に5階の工学書コーナーに移動すると、さすがは上海市最大級の書店だけあり、入門書からトップレベルのものまで数多くの学術書が揃っていました。最新の技術分野についての書籍は、中国では欧米の物を真っ先に翻訳して出版するので、日本よりも高度で新しい内容の物が買えるのがメリットなのです。ここで2冊の書籍を買いました。

 上海書城から出ると17時を回っており、辺りも薄暗くなってきていました。少し歩くと南京路に出たので、歩行者天国を人民広場に向けて歩いて帰ることにしました。
 この通りはいつ来ても賑やかで、古い建物の景観が素晴らしく、風情があります。しかし考えてみると天候に恵まれた土曜日ですから、もっと人が溢れていても不思議ではありません。私がここを訪れたのは、これで8~9回目だと思いますが、以前よりも人の数が少ないと感じました。



 
   平成28年9月25日


 様々なトラブルに直面し、当初の計画を消化できずに終わった今回の旅行ですが、最後の帰国の便には無事に搭乗できそうです。
 帰りのCA405便は、極僅かですが空席がありました。

 中国では物価の凄まじい上昇を肌で感じて来ましたが、日本国内での生活も楽ではありません。いつも帰国してから思うことですが、節制に努めて資産を増やし、語学能力も磨いて次の旅行に備えたいと思います。
 河南省のスーパーで買って来た「全脂粉乳」を味わうのが楽しみです。

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